2021年7月31日
ノミと僕の世界観
ノミは、自分に目という感覚器官がないという事を知らないだろう。その前に”ない”という概念もないだろうし、更にそれ以前に自分という概念がないし、思考もないように思う。
ノミは、主に3つのシグナルに従って生きているという。光、温度、二酸化炭素。この3つのシグナルを自分の感覚器官で察知し、それに反応する事で、生命を維持しているという。
ノミの世界観を、人間の立場から想像したら、あまりにも虚しいように思えるかもしれない。
でも、どうだろう。
人間は、感覚器官でキャッチした情報を、一度、自分のフィルターを通して再認識する。受けた情報を、ありのままの純粋な事象として受け取る事はできない。人間は、キャッチしたそれらの情報を、『温かい』とか『眩しい』とか『冷たい』とか『暗い』など、自分の感情や、その時々に置かれている状況を通して判断する。
ノミが温度や光をon か off の信号として受け取るのとは異なり、人間は自分の都合上の解釈で受け取るのだ。人間にとってそれらの信号、事象は、科学式で証明できる固定した意味を持つものではないのだ。
僕たちは、その物事が自分とどういう関係性があるのか、その物事が自分が知っている他の物事とどういった繋がりを持つのか、そういったストーリーとセットでなければ、その物事を理解できないのだ。ただそこに存在するだけの物理的な現象としては、理解どころか、感覚器官にもひっかかってこない。所謂、『意識が向かない』。
感知できる事は存在するように見えるし、感知できない事は存在しないように見える。もしかすると、この世界には、想像も出来ないようなあらゆる事象が常に起こっているが、僕らの理解を超えている為、ただただ感知が及ばないだけかも知れない。意識が向かないので、知る事ができないのかも知れない。
ノミも人間も、自分が生きる為に必要な情報を、自分のやり方で抽出して、自分の文脈で理解する。
今、あなたが観ている世界は、あなたが、あなたの文脈で観ている世界だ。
ノミと僕は、まったく同じ空間に生きていながら、同時にまったく違う世界に生きているのだ、と、そう思って夏。
行田雄介